May 08, 2009

皇居の見学(4月28日)

すっかり忘れていましたが覚書として記録。

28日にシンガポールから客人がありました。アメリカ人の図書館員でシンガポールの某大学の図書館長をしている女性。ひょんなことからAttendすることになりほぼ一日お付き合いをしました。
9時半に彼女が滞在しているホテルにお迎え
10時半からお昼まで私の会社でレクチャーしていただく
午後に皇居の見学
美術館の見学
東京駅までお見送り

というスケジュールでした。日本は初めてですが、一人でどこでも行ってみるという好奇心の持ち主。
翌日は鎌倉に知人と行く、とのことでしたが、よくよく聞いたらその知人は、数週間前に某所でお目にかかったドイツ人女性でした。いっつぁ すもーる わーるど。

さて、皇居です。数日前にウェブページから見学を申込みました。桔梗門から入って、昔の枢密院や宮内庁庁舎、宮殿の前を通り、ぐるっと戻ってくる2キロのコースで、もちろんほんの一部ではありますが、私自身もはじめてだったので、面白かったです。ごみごみした東京の真ん中に、ぽかっとあの空間だけ異次元の世界があるのって、不思議です。

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March 17, 2009

インド人同僚はこうやって結婚した

今回の旅行は半分仕事のようなものでした。インドの同僚が奥さんを連れてきていました。
結婚して2年になるそうです。
結婚前に会ったのはたったの1度きり。しかも親同士が決めた結婚だそうです。
まだまだそういうのが普通なのね、と思って聞いていましたが、実は結婚相手は同僚のお母さんがインターネットの見合いサイトで見つけたのだそう。
ある日お母さんがパソコンの使い方を熱心に聞いて、あれよあれよという間にマスターしたので、何が起きるかと思ったら、自分の花嫁探しが目的だったと笑っていました。

伝統的な昔ながらのスタイルに最先端技術を組み合わせたのが、現代のインドの結婚事情といえるようです(一部のね)。


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January 19, 2009

笑いのつぼ

欧米人の笑いのセンスはいまだによくわかりません。わかっているのは、彼らは笑おうと待ち構えていて、日本人が「寒い」と思ってしまうジョークでも案外積極的に笑ってしまうということです。

Stage

会議の期間に、昨年全世界規模で行ったさまざまな人材育成トレーニングの成果について各国代表が宣伝するというセッションがありました。
アジアからは私が選ばれて、あらかじめ打ち合わせた通りに司会者のインタビューに短く答えて、トレーニングがいかに役立ったかを宣伝したわけです。
司会の人が「最後にここにいる人たちにメッセージをどうぞ」とふるところで、私は日本語で日本の同僚にメッセージを伝え、英語で解説して次の人につなぐ、という役目がありました。

研修というのは本社の首脳陣が考えているより、現場の人間には結構負担で、とくにお客様とかかわる仕事をもっている人間は時間の捻出が大変です。そのあたりのことは「宣伝」なので英語ではいいませんでしたが、
せっかくの日本で話す機会なので、こう言いました。
「みなさん、お忙しいとは思いますが、メールなどしないで、積極的に参加しましょう」

さて、そのあと英語で「こういう意味です」と説明しなくちゃいけないのですが、どうせ正確に訳す必要はないと重い、「It means "it really helps"」と短く締めたわけです。

そしたらいきなり会場が大爆笑につつまれてしまいました・・・そんなに面白いこと言ったか、わたし・・・

午後のセッションの休憩時間にはロンドンの人に「you were very funny this morning」といわれるし、シンガポールの同僚には「your speach was very wonderful, very entertaining」とほめられるし。

日本の同僚たちはあとからいろいろな人に「彼女、ほんとはなんていったの?」と聞かれたそうです。

帰国してから1号にこの話をしたら、
「ああ、『Lost in Translation』と同じパターンでおかしかったわけね」といわれました。
たしかにあの映画では、日本人通訳がカメラマンの日本語をきちんと訳さず、主人公が困惑する場面を面白く描いてましたね。思い出しました。

そんなわけで、私は期せずしてユーモアのセンスのある日本人と誤解されてしまったのでした。

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May 11, 2008

着付けのお稽古~お仕立て

というわけで、非常にタイミングよく5/10の土曜日、着付けのお稽古があり(半年ぶり)、先生と会場となった銀座の呉服屋さんの社長さんに色々相談をして、紬は単衣で仕立てることになりました。長さを測ってみたら、羽織もとれる長さだったようです。とりあえず残りの生地については着物ができてから考えます。
叔母からは実は、裁断済みの羽織と思われる布地と、まっきんきんの名古屋帯の布地もいただいていました。
羽織用の布地は、昔のサイズのため丈が短く、そのまま羽織にしたらおかしいとのことで帯にすることになりました。金の名古屋帯は考え物です。本当になんの模様もなく金ぴかなのに名古屋帯なので、どういう場所に何と合わせてきていくのがよくわかりませんが、カジュアルなパーティに付け下げなどに合わせるのが妥当だとのことです。しかし呉服屋さんの社長さんは「これ、何かしたいですねえ。刺繍とか・・・でもそれだと高くなっちゃうなあ。でも何かしたいなあ。面白みがない。。。ちょっと考えさせてください」とのことで、これについてはしばらくお預けすることになりました。

着付けの教室は半年ぶりでした。先生から「ずいぶんきれいに着られるようになったわね。普段も着てるでしょう。そうじゃないとこんなに上手にはならないわよ」とお褒めの言葉をいただきました。それでも細かいところのチェックが色々入ったので、上達すればするほどさらに上があることを実感。

その後、呉服屋さんの目と鼻の先のデパートの呉服売り場で行われていたReikonaさんの着付けの先生のトークショーを見に行きました。ゆかたのコーディネートについて学びました。ゆかたも名古屋帯と合わせたり、中に襦袢を着たりして自由にコーディネートしてよいものなんだなあ、と思いました。

紬の仕立て上がりが楽しみです。

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May 09, 2008

40年の時を超えて手元にとどく

5月6日、7日と友人と娘2人の4人で私の実家に行ってきました。母と話をしている中で、母の妹(私の叔母)が母親(私の祖母)の形見としてある反物を持っているが、処分に困っているのでバッグにしたいという相談を持ちかけていることを知りました。聞くとどうもそれは米沢紬のようです。私は「絶対にもったいないから着物に仕立てるべき」と主張。母が電話をしたら、叔母としても特にその反物に執着があるわけではないようで、私に譲ってもらえることになりました。
叔母の家にいき現物を見せてもらうと、それは深い赤を貴重にした長井紬だということがわかりました。長井紬というのは、明治時代に米沢地方に伝わった結城紬製法で織られた織物のことで、広義には米沢紬のようです。
毎年衣替えの時期に衣装箱から取り出しては捨てようかどうしようか迷っていたとのこと。私が活用してくれるのであれば大変嬉しいと言ってもらい、とりあえずいただくことにしました。うれしい~(涙)。きっと値段なんかもうつけられないでしょうね。
祖母は叔母に普段着を作るつもりで反物だけ買っていたようです。40年前に購入したものなのに、しみひとつなく、カビもなく非常に良い保存状態でした。
誰か信頼のおける人に仕立ててもらわないといけません。責任重大な気がします。

ちなみに2日間の小旅行でしたが、私も友人も初めて着物で旅行をしました。結構気にならないものです。

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April 29, 2008

少年隊PLAYZONE

「少年隊」がライフワークとして続けてきた主演ミュージカル「PLAYZONE(プレゾン)」を今年で卒業することになった。86年の初演から23年目。プレゾンのタイトルは残し、ジャニーズ事務所の後輩たちが受け継いでいく
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2008/04/28/12.html

このニュースを知らせない手はないと思い、香港の友人にメールをしました。
彼女は昨年日本に初来日して、私の着物部屋に滞在中、仕事関係で大学図書館や国会図書館を見学するかたわら、大昔から大ファンだった少年隊のミュージカルを観劇して帰っていきました。

私のメールにひどく動揺した様子でした。少年隊は懐かしい旧友のようで、彼らのパフォーマンスはいつも自分を勇気付けた。今回の彼らが新しい一歩を踏み出すことを知り、自分もアメリカでPhDをやる決心がついた、という内容でした。

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ミュージカル「アニー」

中学1年になった2号の同級生が出演しているということで、青山劇場に見にいきました。
素晴らしかったです。
先日、4号が銀座で子供タレント事務所にスカウトされるという私にとっては結構大きな事件が起きたのですが、こういうエンターティンメントの世界でやっていくには、まさに親子ともども血のにじむ努力が必要なんだなあと思いました。
我が家ではとてもムリですね。
9000人の応募から書類審査で800人に絞り込まれた中から勝ち得た大役だったようです。幕があがって第一声の台詞がその子だったので、娘も驚いていました。
ミス・ハリガン(孤児院の院長)を演じた山田邦子も良かったです。

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January 11, 2007

帰ってきました

というわけで、無事に戻ってきました。ほとんどプライベートの時間はありませんでしたが、フロリダは暖かく外は日中だけは半袖でいられました。といっても日中は冷房の効きすぎる会議室でふるえていることが多かったですが。海もきれいでビーチを散歩する時間も多少はありました。

で、着物です。着付を手伝ってくれる会社の同僚がいたために、レセプションの当日はちゃんと着ることができました。休憩時間がほとんどない関係で朝から着物を着ていたので、結構注目を浴びてしまいました。
着物に自分が関心をもってよかったのは、他の国の民族衣装にも関心を持つようになったことです。逆もまたありで、インド系のイギリス人と朝食でいっしょになったとき、彼女も「自分もサリーをもってくればよかった」と言っていました。サリーも一枚の布を身体にまとう際に着物と同じぐらい様々なプロトコルがあり、なかなか難しいことを初めて知りました。彼女の場合はお母さんか誰かに手伝ってもらわないと着られないと言っていました。

唯一半日フリーのときに、セミノール族の足跡をたどるツアーに参加しました。セミノール族はフロリダのネイティブアメリカンで、最近ハードロックカフェを買収したことで話題になっています。博物館にいって民族衣装の織物の織り方や模様など興味をもってみることができました。

アメリカ人の中には普段は日本人になど見向きもしないスタッフもいますが、今回はかなりの人に話しかけられ一緒に写真を撮られましたです・・・着物の力はスゴイです。


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November 23, 2006

とりならべ

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毎年都内某所で行われる「とりならべ」の行事に参加しました。
Googleで「とりならべ」をフレーズ検索するとこのような結果になります。
これはケンタッキーフライドチキンの各部位をならべて元の形を再現する「儀式」で、家元様が解説を交えながらうやうやしく菜箸で部位をならべていきます。最後に記念写真を撮り、参加者は各自2ピースをノルマとして食して終了です。各部位はもちろん別々のニワトリからのものなので、実質的には「フライドフランケン」だとコメントしていた人がいました。

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May 01, 2005

卒業パーティ

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ハンガリー人の友人に誘われてパーティに行きました。
そもそもは彼女の卒業を皆でお祝いしようという趣旨で、彼女の友人たちが企画したものですが、私も末席に加えていただくことに。。

アメリカのパーティって、そんなに回数行ったわけじゃないけれど、多くの日本人がそうだと思うのですが、苦手。いかに壁の花にならないように作り笑いをしながら、わけのわからない会話に相槌うつか、などということに神経を使い、全く楽しめない、というのが相場なので、あんまり期待していませんでした。

でもこのパーティは違った。理由は、ホストのアメリカ人の友人が多文化を心から楽しんでいる人で、集まった人の国籍もハンガリーに始まり、インド、ウズベキスタン、スロバキア、イタリア、ブラジル、そして日本の私と多彩だったこと。普通に会話を楽しめた感じでした。誘ってくれた彼女に感謝!

持ち寄りパーティだったので、私は(いつものように)手抜きのおいなりさんを持って行きました。永谷園の「すし太郎」でちらしを作り、それを缶詰のいなり用油揚げにつめるだけ。いつも評判が良くて失敗がないので、今回ももって行きましたが、案の定皆喜んでくれた。Sushiには必ず生魚が入ると信じている人もいて、「Row fishが入ってないけど、これもSushiなの?」と聞かれました。

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